バイパスをみて感じた便益と不便益

こんにちは。オフィス謝府礼の阿部です。

新型コロナウィルス感染症の第7波の勢いがまだ衰えを見せない中ではありますが、今年の夏は行動制限がでることもなかったことから、夏休み中の東京駅は多くの人でごった返していました。コロナ禍で減ってた私の出張もいまではほぼ通常のペースに戻ってきているのですが、出張の時に思うことの一つに「道路事情の便利」さがあります。

普段、よほどのことがない限り、未舗装路に遭遇することはまずありません。私がまだ小さい時は、「ガタガタ道」と言ったりした、砂利道が近所にもあったものですが、今ではそのような道をみるのは工事中の道路くらいで、山中や林道もキレイに整備されていることに、本当に関心させられます。

 

 

私の父は岩手県沿岸にある漁師町の出身で、今も当地には父の兄弟や友人が多く暮らしています。地震が発生する随分前の話しですが、昔は沿岸部にしか道路がなく、それはそれで海岸線を走る風情があって良いのですが、入り組んだ海岸線の不便は否めませんでした。その後、山間部にバイパスが開通しとても便利になったという話しを、親戚の叔父達から聞いたことを今もうっすら覚えています。

そんな小さな漁師町を、10年前の3月、東日本大震災が襲いました。安否が確認できなかった親戚を訪ねるため、地震から2週間が経過した頃、車で当地へ向かいましたが、この時、海から離れて通るバイパスがあってよかったと思った記憶があります。

先日は伊豆半島にある病院を訪れました。伊豆半島も東名高速道路からつながる伊豆縦貫道が距離を延ばし、県外からの来訪者のアクセスの利便性を高めていますが、地元の街中を通る一般道を通ると閉じられた食堂やコンビニエンスストアなどが散見されました。

バイパス(Bypass)は「混雑した市内を回避する・迂回する」という意味を持ち、バイパスにより交通の利便性が高まる一方で、道中に軒先を連ねる店舗にとっては少なからぬ影響を与えることを感じました。

 

 

最近は道の駅ブームもあり、地元の食材やお土産物を楽しむ拠点が別に出来たことで来訪者を楽しませてくれますが、すべての店舗が出店や提供をできるわけでもなく、とりわけ提供するサービスがその場で消費されるようなロードサイトにある食堂にとって、交通量の多寡が大きな影響を与えることは想像に難くありません。

コロナ禍はオンライン会議の普及を推し進めました。私も月に数回オンライン会議をしますが、便利さを実感する反面、リアルな会話のなかで生まれるイレギュラーな議論であったり、着想であったりといったことが生まれる機会はやはり少ないように感じます。

バイパスを使って目的地へ一直線。渋滞にもはまらず、時間の短縮にもなるなんて素晴らしいことだと思いますが、道中にあるロードサイドのお店はその土地その土地の個性を反映しています。道中のイレギュラーを楽しむこともまた、旅の一つの醍醐味であることは間違いありません。すべてが予定に沿って進むことも大切ですが、ある程度のイレギュラーや無駄を甘受するゆとりも持ち合わせていたいものです。

 

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