先日、ある医師会の部会での勉強会で話しをする機会をいただきました。事前にいただいていたテーマは、「医療機関の課題感」という大きな括り。そのため内容はどうしても総花的なものにならざるを得ませんでしたが、当日集まった先生方の個性・課題感が絵にかいたように分かれていたため、かえってそれが奏功したように感じました。

▽課題は十色。可視化からはじめよ
当日参加された先生方の年代は様々で、とりまとめ役の先生、ご子息が後継者として引き継ぐことが決まっている先生、専門指向を有しながらも開業医としてあらゆる疾患に対応されている先生、そして分院を出すことが決定している勢いのある先生。
こう並べてみただけでも、有しているであろう課題がまちまちであることは想像に難くありませんが、ディスカッションの時間では、各先生方が真摯に課題を認識しようとしている姿勢と、悩む先生にそれぞれの立場から考えを述べられている姿がとても印象に残りました。
ここであらためて感じたのは、現状の課題について「可視化」をするということ。
可視化によって、ときには不都合な真実を突き付けられることもありますが、イメージとして課題をもっているだけでなく、実際に視覚という感覚に訴えてみると、「なぜか・どうしてか」という疑問が深まり、どうするか、という思考を深める機会になると理解しています。
▽個性が違えば打ち手も様々。想定される打ち手は小さくはじめるのが基本

課題や要因はある程度グルーピングできるとしても、それを解決する打ち手については、置かれている状況により様々なことがかんがえられるのではないかと思っています。
ある程度の費用や時間をかけられるのかといったことや、得手不得手といったこと。自分だけでなくスタッフがいる場合には、スタッフの習熟度といったことも考慮にいれなければ、せっかくの打ち手も空振りする可能性が高くなります。
打ち手の実施については、このように空振りしてもすぐ態勢を戻せるように小さくはじめるのがコツ。なので考えに考えて意を決してはじめるのではなく、こうしたら良くなるのではないか・良くなりそう、の段階ではじめるのも決して悪手ではないと認識しています。
▽おわりに
考えを深めるのは悪くない。ただ考えを深めるばかりで行動に移せないのはよくない。時間は止まることなく流れ、時代は移り変わっていくもの。時代が変わるとは、環境が変わるということであり、その環境に適応していくことがサバイブ(生き残る)するということ。
打ち手や手順に悩んだときは、シンプルなコンセプトに立ち返り考えてみるのも有益です。世の中が複雑化しても、私たちの取り組みの発端はいつもシンプルなものからスタートするのだと理解しています。

投稿日:2026年9月11日
